農地の賃貸
借りているほ場(水田、5aと3aの2枚)の賃貸契約の更新作業をした。
10月初めに農業委員会から通知があった。R7年度からすべての賃貸契約は農地バンクを介在させた契約にする必要があり、11月中に申請しないと4月からの契約開始に間に合わないとも書いてあった。更新申請用紙も入っていたので記入・押印して11月26日に市役所に提出した。時間がかかったのは地主さんが広島市内に住んでいて封書で経過を説明して押印した文書を郵送してもらったため。
さらに、1月5日に農地バンクから市役所経由で地域計画同意書が送付されてきた。これに借主と貸主が押印して提出しろという。1月中に出さないと農業委員会の審査に遅れ4月契約に間に合わないともいう。再び封書での依頼作業を始めた。13日に2人の地主さんから返信が届いて、その日の夕方に市役所に行って提出することができた。
市の担当によれば、これで借主の手続きは終わりとのこと。後は農業委員会総会の承認を経て、県農地バンクから県庁に送られ、公示を経て最終的に承認されるのだとか。
わずか2枚、計8アールの水田の賃貸手続きがこれだけ煩雑です。これを賃貸契約期間(普通は10年、私は齢なので5年)ごとに繰り返すことになる。この機会にこの農地賃貸の問題を考えてみた。
1.提出は出頭申請
書類を市役所に持って行かなければならない。ネットもFaxも無縁
2.個人情報を借主が取得して申請
市の文書には、「地権者の書類取りまとめと提出は耕作者(借主)が行うように」と書いてある。申請書の中には、地主の氏名、住所、生年月日、(関係機関による)個人情報の取扱い同意書、農地賃貸に関する事実や意向の確認もある。借主が地主の個人情報を扱うことになるが、それは個人間の信頼関係でということだろうか。
もし地主が亡くなって相続が行われたら、借主は地主側の相続関係説明図なるものを作って提出する必要もあるらしい(様式が付いている)。これは地主の戸籍謄本を見なければ作れない。
さらには相続人が相続登記を放置したため、登記簿の名義が祖父や曾祖父になっている例も多いと聞く。こうなれば借主が手続きすることはほぼ不可能である。
3.結果の想像
例えば、地主のハンコを手元に置いて一切をやり過ごす、あるいはヤミ小作(文書契約ではなく口頭で賃貸の契約をして地代を払う)をするなどいろいろあるらしい。高齢化していたり農地への関心をなくした地主に代わって借主に契約行為を負担させる農地バンク経由の手続きは、結果的に農業生産の足かせであるだろうし、農地利用の実態を分からなくさせている一因ではないだろうか。
農地は逃げないのだから、行政が地主に代わって農地情報を握り(法務局情報とリンク)、簡単な手続きでネットから賃貸契約ができないのだろうか。
さて、寒波襲来中ですが、小菊の作業は始まっている。今日は盆咲親株の最終ピンチをする予定で、3月15日には、そこから育った穂を採って挿し穂をする予定です。親株ハウスの作業内容を付けておきます。
親株の育成.pdf
10月初めに農業委員会から通知があった。R7年度からすべての賃貸契約は農地バンクを介在させた契約にする必要があり、11月中に申請しないと4月からの契約開始に間に合わないとも書いてあった。更新申請用紙も入っていたので記入・押印して11月26日に市役所に提出した。時間がかかったのは地主さんが広島市内に住んでいて封書で経過を説明して押印した文書を郵送してもらったため。
さらに、1月5日に農地バンクから市役所経由で地域計画同意書が送付されてきた。これに借主と貸主が押印して提出しろという。1月中に出さないと農業委員会の審査に遅れ4月契約に間に合わないともいう。再び封書での依頼作業を始めた。13日に2人の地主さんから返信が届いて、その日の夕方に市役所に行って提出することができた。
市の担当によれば、これで借主の手続きは終わりとのこと。後は農業委員会総会の承認を経て、県農地バンクから県庁に送られ、公示を経て最終的に承認されるのだとか。
わずか2枚、計8アールの水田の賃貸手続きがこれだけ煩雑です。これを賃貸契約期間(普通は10年、私は齢なので5年)ごとに繰り返すことになる。この機会にこの農地賃貸の問題を考えてみた。
1.提出は出頭申請
書類を市役所に持って行かなければならない。ネットもFaxも無縁
2.個人情報を借主が取得して申請
市の文書には、「地権者の書類取りまとめと提出は耕作者(借主)が行うように」と書いてある。申請書の中には、地主の氏名、住所、生年月日、(関係機関による)個人情報の取扱い同意書、農地賃貸に関する事実や意向の確認もある。借主が地主の個人情報を扱うことになるが、それは個人間の信頼関係でということだろうか。
もし地主が亡くなって相続が行われたら、借主は地主側の相続関係説明図なるものを作って提出する必要もあるらしい(様式が付いている)。これは地主の戸籍謄本を見なければ作れない。
さらには相続人が相続登記を放置したため、登記簿の名義が祖父や曾祖父になっている例も多いと聞く。こうなれば借主が手続きすることはほぼ不可能である。
3.結果の想像
例えば、地主のハンコを手元に置いて一切をやり過ごす、あるいはヤミ小作(文書契約ではなく口頭で賃貸の契約をして地代を払う)をするなどいろいろあるらしい。高齢化していたり農地への関心をなくした地主に代わって借主に契約行為を負担させる農地バンク経由の手続きは、結果的に農業生産の足かせであるだろうし、農地利用の実態を分からなくさせている一因ではないだろうか。
農地は逃げないのだから、行政が地主に代わって農地情報を握り(法務局情報とリンク)、簡単な手続きでネットから賃貸契約ができないのだろうか。
さて、寒波襲来中ですが、小菊の作業は始まっている。今日は盆咲親株の最終ピンチをする予定で、3月15日には、そこから育った穂を採って挿し穂をする予定です。親株ハウスの作業内容を付けておきます。
親株の育成.pdf新年おめでとうございます
正月なのでブログを更新します。
9月以降、3か月も更新していませんが、興味を失ったのではありません。他のパソコン作業(会則改正案、運営規則作り、小冊子の編集など)が忙しかったのです。昼間は菊栽培の後片付けと翌年に向けた準備があったので、忙しいときは朝5時過ぎに起きて作業し、昼食後に昼寝してました。いまは少し一段落といった状態です。
写真は、昨31日に撮った親株の地際切りです。茎を地面近くで切ることで、芽が地面や地面近くの茎から出ることになり、より品質の良い穂が取れることを期待しています。剪定ハサミは刃をグラインダーで研いでいます。緑色の道具は草抜きです。白サビ病出ることがあるので、よく観察し、切クズはハウスの外に捨てています。15mハウスに幅90㎝、長さ13mのウネが3つあり、盆咲と彼岸咲の7品種、2,800株を植えています。他に露地で10月先を5品種、760株植えています。
この地際切りの後は、幅約2.1mの穴あきビニルで子トンネルを作り保温に努め、3月15日には盆咲の採穂作業をする予定です。それまでの約2か月が、確定申告を除けばのんびり過ごせる期間です。
ついでに年賀状もアップします。毎年、こんなことしたなどと書いていて、好評もありますが不評も多いのです。
午後からは子供と孫が来て宴会を始めます。


9月以降、3か月も更新していませんが、興味を失ったのではありません。他のパソコン作業(会則改正案、運営規則作り、小冊子の編集など)が忙しかったのです。昼間は菊栽培の後片付けと翌年に向けた準備があったので、忙しいときは朝5時過ぎに起きて作業し、昼食後に昼寝してました。いまは少し一段落といった状態です。
写真は、昨31日に撮った親株の地際切りです。茎を地面近くで切ることで、芽が地面や地面近くの茎から出ることになり、より品質の良い穂が取れることを期待しています。剪定ハサミは刃をグラインダーで研いでいます。緑色の道具は草抜きです。白サビ病出ることがあるので、よく観察し、切クズはハウスの外に捨てています。15mハウスに幅90㎝、長さ13mのウネが3つあり、盆咲と彼岸咲の7品種、2,800株を植えています。他に露地で10月先を5品種、760株植えています。
この地際切りの後は、幅約2.1mの穴あきビニルで子トンネルを作り保温に努め、3月15日には盆咲の採穂作業をする予定です。それまでの約2か月が、確定申告を除けばのんびり過ごせる期間です。
ついでに年賀状もアップします。毎年、こんなことしたなどと書いていて、好評もありますが不評も多いのです。
午後からは子供と孫が来て宴会を始めます。


小菊出荷が一段落した
2か月以上もブログを更新できなかった。
盆先の出荷を始めたのが7月22日で、以後週3回のペースで収穫調製と翌朝の箱詰め出荷を8月21日まで繰り返した。連日の猛暑だったのでLEDヘッドライトを点けて朝3時~4時半ころから収穫を始め、選花機にかけて水を張った桶に入れたら昼ごはん。昼寝を1~2時間して14時前後に作業を始め、22~23時ころに段ボール箱を作って終わり。翌朝は出荷量によるが4時前後に起きて箱詰めして6時半過ぎに出発して7時前に集荷・検査場に持ち込む。この繰り返しなので体重が落ちる。出荷日の夕方が防除や草刈りなど別の作業ができる時間になる。
お盆に少し休んで墓参りやBBQをした。
彼岸咲は9月7日から始め24日で終了した。㈱花満に出荷したのは、盆咲24千本、彼岸咲は17千本で、他に産直イベントやJA産直市へ3千本ほど出荷した。あと1週間もすると10月咲の出荷が始まるが、植付本数が多くないのと気候も良いので大きな負担ではない。一方で、自家繁殖の権利を持つ7品種を圃場から掘り出して整形してハウス内に植付ける作業や圃場の片付けと来年の準備が待っている。
今年の反省点はいろいろあるが、今回は価格のことを書いておく。
価格の推移グラフを見ると、R7年は春先から価格低迷で、盆前にやっと平年並みの価格が出現した。盆を過ぎるとまた下落して、彼岸前に上昇して彼岸を過ぎると下落。つまり需要期だけ価格が上がってそれ以外は20円~40円、10円台も出現と決して嬉しくない価格推移であった。物価高騰で仏壇の花を買う余裕がなくなっているのだろうか。スーパーの小菊3本束も以前は300円弱だったのが今年は400円弱になっている。
選花機にかかけた菊をチェックしながら10本束にする風景
小菊の価格推移.pdf
ご要望があったので最後に残ったマニュアル第9章と第10章を添付しておきます。
出荷終了後のほ場の管理.pdf
親株の植付と挿し穂の生産.pdf
盆先の出荷を始めたのが7月22日で、以後週3回のペースで収穫調製と翌朝の箱詰め出荷を8月21日まで繰り返した。連日の猛暑だったのでLEDヘッドライトを点けて朝3時~4時半ころから収穫を始め、選花機にかけて水を張った桶に入れたら昼ごはん。昼寝を1~2時間して14時前後に作業を始め、22~23時ころに段ボール箱を作って終わり。翌朝は出荷量によるが4時前後に起きて箱詰めして6時半過ぎに出発して7時前に集荷・検査場に持ち込む。この繰り返しなので体重が落ちる。出荷日の夕方が防除や草刈りなど別の作業ができる時間になる。
お盆に少し休んで墓参りやBBQをした。
彼岸咲は9月7日から始め24日で終了した。㈱花満に出荷したのは、盆咲24千本、彼岸咲は17千本で、他に産直イベントやJA産直市へ3千本ほど出荷した。あと1週間もすると10月咲の出荷が始まるが、植付本数が多くないのと気候も良いので大きな負担ではない。一方で、自家繁殖の権利を持つ7品種を圃場から掘り出して整形してハウス内に植付ける作業や圃場の片付けと来年の準備が待っている。
今年の反省点はいろいろあるが、今回は価格のことを書いておく。
価格の推移グラフを見ると、R7年は春先から価格低迷で、盆前にやっと平年並みの価格が出現した。盆を過ぎるとまた下落して、彼岸前に上昇して彼岸を過ぎると下落。つまり需要期だけ価格が上がってそれ以外は20円~40円、10円台も出現と決して嬉しくない価格推移であった。物価高騰で仏壇の花を買う余裕がなくなっているのだろうか。スーパーの小菊3本束も以前は300円弱だったのが今年は400円弱になっている。
選花機にかかけた菊をチェックしながら10本束にする風景
小菊の価格推移.pdfご要望があったので最後に残ったマニュアル第9章と第10章を添付しておきます。
出荷終了後のほ場の管理.pdf
親株の植付と挿し穂の生産.pdf水稲のこと
3枚計13アールの水田で自家用の水稲を作っている。3枚とも小菊栽培用に借りたのだが、条件が悪かった(内水洪水など)ので水稲にした。R6年は、814㎏の収穫があった。626㎏/10アールだから良い成績だと思う。これにかかった生産費は、肥料、農薬、苗代、乾燥調整代、燃料代、地代で86,461円。他に労賃(@2,000円)として畦畔草刈りと田植えなどで28時間、56,000円を加えると142461円になる。玄米1㎏あたり175円であった。
これに含まれていないのが農機具代と利益である。農機具代は、1年に1日しか使わない田植機とコンバイン、何回か使うトラクターが主なものだが、計上が難しい。というか、別収入がないと農機具を揃えられない。耕作面積1ヘクタール程度の稲作農家は、兼業農家という言葉があるように、別の稼ぎで農機具を揃えていたのではないか。
水稲栽培の利点は、連作障害がないこと(毎年同じ場所で作れる)と機械化が進んでいる(作業時間が少ない)ことである。草刈り以外の手作業はほとんどない。一方の畑作は、連作障害があるうえ手作業が多い。畑作に手を出す稲作農家はほとんどいない。小菊栽培も畑作で、自分自身、20アールの作業に限界を感じている。
農業の根本的な欠陥は農閑期と農繁期があることである。大型稲作農家は、農繁期に備えて従業員を揃え、農機具代を含む経営を経理しているのだろうが、農閑期の収入策(雇用対策)は大きな問題ではなかろうか。水稲単作経営は難しいのかな、などとかんがえばがら、5㎏4千円といった米騒動のテレビを見ています。
あと3週間もすれば盆咲の出荷が始まります。最盛期になると、晴天だと陽が登る前に切り取り(収穫)を終えたいので朝4時からヘッドライトを点けて始め、遅い朝食の後、選花機にかけて束作りして、夕食を食べて作業を続け伝票を作るのが23時頃になる。翌朝は5時頃から出荷用の箱詰めと検査所への持ち込みをやって8時頃に解放される、といった生活が8月10日ころまで続きます。
収穫と出荷調製.pdf
付表 出荷規格.pdf
これに含まれていないのが農機具代と利益である。農機具代は、1年に1日しか使わない田植機とコンバイン、何回か使うトラクターが主なものだが、計上が難しい。というか、別収入がないと農機具を揃えられない。耕作面積1ヘクタール程度の稲作農家は、兼業農家という言葉があるように、別の稼ぎで農機具を揃えていたのではないか。
水稲栽培の利点は、連作障害がないこと(毎年同じ場所で作れる)と機械化が進んでいる(作業時間が少ない)ことである。草刈り以外の手作業はほとんどない。一方の畑作は、連作障害があるうえ手作業が多い。畑作に手を出す稲作農家はほとんどいない。小菊栽培も畑作で、自分自身、20アールの作業に限界を感じている。
農業の根本的な欠陥は農閑期と農繁期があることである。大型稲作農家は、農繁期に備えて従業員を揃え、農機具代を含む経営を経理しているのだろうが、農閑期の収入策(雇用対策)は大きな問題ではなかろうか。水稲単作経営は難しいのかな、などとかんがえばがら、5㎏4千円といった米騒動のテレビを見ています。
あと3週間もすれば盆咲の出荷が始まります。最盛期になると、晴天だと陽が登る前に切り取り(収穫)を終えたいので朝4時からヘッドライトを点けて始め、遅い朝食の後、選花機にかけて束作りして、夕食を食べて作業を続け伝票を作るのが23時頃になる。翌朝は5時頃から出荷用の箱詰めと検査所への持ち込みをやって8時頃に解放される、といった生活が8月10日ころまで続きます。
収穫と出荷調製.pdf
付表 出荷規格.pdfミルとモモ
猫の名前である。ミルは1991年頃に岡崎市細川町の古村積神社そばで長男が小学校帰りに拾ってきた。最初の名前はミルクで保育園に行っていた次女が付けたらしい。白と灰色の「藤ネコ」である。変だというのでミルに変わった。ミルは転勤族で、家族ともどもバングラデシュに転勤することになった時、広島の両親に預けた。父と農道を散歩する犬のような猫だったらしい。父が1996年に亡くなり、母が2005年に亡くなってからは私が引き取って、再び岡崎市、横浜市と移った。横浜では東日本大震災にも遭った。それから私の退職に併せて広島の両親が居た家に移って住むようになった。そこで2013年7月に死んだ。
モモは、1996年頃のバングラデシュ国ダッカ市生まれである。確か日本人学校の友達のところから中学生の長女がもらってきて、誰かが名前を付けた。白地のきれいな三毛猫で神経質だった。日本に連れて帰ることになって、当時は機内にカゴで持ち込めたが、中継地のバンコクではホテルに入ることはできず動物病院に1泊した。その後は家族と生活したが、家族がアパート住まいだったので鳴き声が外に漏れないよう、妻はずいぶん苦労した。モモも広島市内を何か所か引っ越ししている。子供たちが就学や就職や結婚して妻のところから離れていった。私は単身赴任していた。最後は妻との生活になったが、妻の友人が預かってくれることになり、そこで何年かその家族として生活した。
私たちが退職して広島の実家に住むようになって、しばらくして具合が悪くなり、妻が引き取りに行った。実家に着いた時、モモは車の後部座席で死んでいた。2013年10月だった。
2匹は、それぞれ木箱に入れて、家の前の桜色の花をつけるハナミズキの下に埋めた。ハナミズキは、2匹の養分を少しもらって育ったハズなので、”生まれ代わり”と思っている。

約1か月振りである。これまで忙しかったし今も忙しいが、幸いに今日は梅雨空で、彼岸咲の整枝作業は中断。ブログに向き合うことができた。今回は、内容が複雑な「防除」関係のマニュアルと関係資料をアップします。
防除マニュアル.pdf
使用薬剤一覧表.pdf
防除の考え方.pdf
モモは、1996年頃のバングラデシュ国ダッカ市生まれである。確か日本人学校の友達のところから中学生の長女がもらってきて、誰かが名前を付けた。白地のきれいな三毛猫で神経質だった。日本に連れて帰ることになって、当時は機内にカゴで持ち込めたが、中継地のバンコクではホテルに入ることはできず動物病院に1泊した。その後は家族と生活したが、家族がアパート住まいだったので鳴き声が外に漏れないよう、妻はずいぶん苦労した。モモも広島市内を何か所か引っ越ししている。子供たちが就学や就職や結婚して妻のところから離れていった。私は単身赴任していた。最後は妻との生活になったが、妻の友人が預かってくれることになり、そこで何年かその家族として生活した。
私たちが退職して広島の実家に住むようになって、しばらくして具合が悪くなり、妻が引き取りに行った。実家に着いた時、モモは車の後部座席で死んでいた。2013年10月だった。
2匹は、それぞれ木箱に入れて、家の前の桜色の花をつけるハナミズキの下に埋めた。ハナミズキは、2匹の養分を少しもらって育ったハズなので、”生まれ代わり”と思っている。

約1か月振りである。これまで忙しかったし今も忙しいが、幸いに今日は梅雨空で、彼岸咲の整枝作業は中断。ブログに向き合うことができた。今回は、内容が複雑な「防除」関係のマニュアルと関係資料をアップします。
防除マニュアル.pdf
使用薬剤一覧表.pdf
防除の考え方.pdf菊栽培作業が本格化!
4月30日から盆咲の電照を始めた。約10アールの圃場に70個余りのLED電球を取り付け、夜10時から翌朝3時半まで点灯する。近所には申し訳ないが、"きれい"と言ってくれる人もいる。6月中旬まで続け、フル稼働の5月分の電気代は4千円くらい。
今日5月11日に初めての防除をした。薬液80㍑で約1時間の作業で済んだが、この作業、成長に伴って薬量と散布にかかる時間が増えてくる。次回は14日、だいたい10日に2回の間隔で、多種類の薬剤を組み合わせてターゲットの害虫や病害を予防しようと頑張るが、時に病害虫が上手だったりする。
彼岸咲の定植もあと4日後に始まり、約7,500本を植える。残るは10月咲の5千本、あと1か月先のこと。
盆咲の成長が早い品種は、25㎝くらいの丈に育っていて、1週間もすれば整枝作業を始める。ひと株ずつ進めるので時間がかかり、背中と腰が痛くなる。
これに加わるのが稲作と草刈り。稲作は3枚の田んぼで13アール、菊を作ろうと借りたのが内水洪水で使えず、自家用のコメ作りに変えたもの。草刈は、自宅周辺だけでなく地域内の水路法面などを皆で共同で刈る。ほぼ2週間ごとの週末の作業になる。
楽しみは夕食前のビール!
今回は、マニュアルを2つ添付しましょう。
第4章 開花調整の方法.pdf
第5章 整枝の方法.pdf

今日5月11日に初めての防除をした。薬液80㍑で約1時間の作業で済んだが、この作業、成長に伴って薬量と散布にかかる時間が増えてくる。次回は14日、だいたい10日に2回の間隔で、多種類の薬剤を組み合わせてターゲットの害虫や病害を予防しようと頑張るが、時に病害虫が上手だったりする。
彼岸咲の定植もあと4日後に始まり、約7,500本を植える。残るは10月咲の5千本、あと1か月先のこと。
盆咲の成長が早い品種は、25㎝くらいの丈に育っていて、1週間もすれば整枝作業を始める。ひと株ずつ進めるので時間がかかり、背中と腰が痛くなる。
これに加わるのが稲作と草刈り。稲作は3枚の田んぼで13アール、菊を作ろうと借りたのが内水洪水で使えず、自家用のコメ作りに変えたもの。草刈は、自宅周辺だけでなく地域内の水路法面などを皆で共同で刈る。ほぼ2週間ごとの週末の作業になる。
楽しみは夕食前のビール!
今回は、マニュアルを2つ添付しましょう。
第4章 開花調整の方法.pdf
第5章 整枝の方法.pdf


